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福島地方裁判所 平成5年(わ)74号 判決

本籍

福島県西白河郡大信村大字豊地字飯土用七八番地

住居

同県郡山市安積町長久保四丁目一番地の五

無職

鈴木徳次

大正九年八月一四日生

右の者に対する所得税法違反被告事件につき、当裁判所は、検察官東弘出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年六月に処する。

併せて罰金四〇〇〇万円を科する。

右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、大谷雄輝と共謀の上、自己の所得税を免れようと企て、平成三年分の実際総所得金額が八億七四〇四万七三四〇円あったにもかかわらず、収入の一部を除外するなどの方法により所得を秘匿した上、平成四年二月一七日、福島県郡山市常前町二〇番一一号所在の所轄郡山税務署において、同税務署長に対し、同年分の総所得金額が一億五〇四五万二七六八円でこれに対する所得税額が三三八八万六七〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額二億一四〇七万一四〇〇円と右申告税額との差額一億八〇一八万四七〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官(三通)に対する各供述調書

一  被告人の大蔵事務官(五通)に対する各質問てん末書

一  内田勝英(二通)、武藤義治、大谷雄輝、鈴木ミイ及び関口勇の検察官に対する各供述調書

一  鈴木ミイ、宗像善則及び馬場久美子の大蔵事務官に対する各質問てん末書

一  大蔵事務官白田正広作成の長期譲渡所得等調査書及び調査報告書

一  大蔵事務官高橋信彰作成の銀行調査書

一  検察事務官作成の捜査報告書

(法令の適用)

判示所為 刑法六〇条、所得税法二三八条一項、二項

換刑処分 刑法一八条

刑の執行猶予 刑法二五条一項

(量刑の理由)

被告人は、福島県内有数の地主であったが、戦後農地改革により所有農地の大部分を手放さざるを得なくなり、不動産賃貸業等を経営するも失敗し、平成元年ころは、乏しい山林収益や他からの借入れにより生活する状況にあって、そのころ開発業者大信グリーン株式会社の被告人所有の本件売却山林を含む地域にゴルフ場開発計画がなされるに至るや、平成三年四月二日、右大信グリーン株式会社に対し所有山林二七筆合計二五万六〇六八平方メートルを同会社から同会社の関連会社たる東北開発株式会社を介して既に受領済の一億三〇八五万円を内金とした代金九億三〇八五万円で売渡し、同年五月一日までに右東北開発株式会社及び同様の関連会社株式会社東北リゾートを介して数回に分け残金八億円の支払いを受け、平成三年分所得は、右山林売却代金九億三〇八五万〇〇〇〇円(長期譲渡所得=土地代金分九億〇五八二万〇九七〇円、山林収入=立木代金分二五〇二万九〇三〇円)であるのに、前判示のとおり、右東北開発株式会社経理担当者大谷雄輝と共謀し、同人をして大信グリーン株式会社が被告人に支払った右の山林売買に関する国土法届出額二億〇八三五万四二三〇円以外に収入はなく、かつ、右大谷が作成した前記山林譲渡に伴う必要経費を四〇〇〇万円とする架空の領収証により右四〇〇〇万円の経費が存在した旨の内容虚偽の所得税確定申告書を作成させ、平成四年二月一六日ころ、被告人宅において、右大谷から右確定申告書の記載内容についての説明を受け、その所得及び税額が過少であることを確認した上、大谷をして自己の署名を代筆させ、同席した税理士をして自らの印を押捺させて内容虚偽の確定申告書を完成させて、これをもって所轄税務署に確定申告し、判示一億八〇一八万四七〇〇円をほ脱したものであって、秘匿した所得額及びほ脱に係る税額は、いずれも高額である上、そのほ脱率は約八二・八パーセントと高率であって、犯情は悪質であり、その刑事責任は重いといわざるを得ない。

被告人が本件犯行に及んだ動機には、第二次世界大戦後の農地開放政策に対する不満等があったやにも窺えるものの、要は、被告人が少しでも納税金額を圧縮して売買代金の自己保留額を多くしたいという単に税金を支払いたくないという不正の目的のためのものであって、その動機に酌量すべきものはない。

被告人は、本件確定申告は、買収会社側の国土法による届出額とゴルフ場開発許可を得ることの関係上、国土法届出額を超える申告をなせば、開発が不許可となり、その結果本件土地売買が解約される羽目となり、被告人が受領した売買代金を返還せねばならない事態となることをおそれ、これを避けるため、大谷が作成するままに不正と知りながら本件申告をなした旨弁解するが、そもそも国土法届出額を大幅に超過する価額で土地の売買をしながら、その僭脱の発覚を免れるため過少申告したというもそれ自体情状として酌量すべきものともいえない上、前掲関係各証拠によれば、被告人は、本件確定申告前に再三にわたり、税理士に本件山林売却に対する納税額を相談した結果、三億円ないし三億五〇〇〇万円程度の納税額を予想していたところであり、そのため大谷や買収会社側に対して、自己の納税額を三五〇〇万円程度に抑え、これを超える税額は買収会社側で負担することを強く求め、これが容れられないと知るや大谷と謀り、その所得を被告人個人とは別個の法人に振り替えて申告することを企図し、そのため休眠会社を買い取り、商号変更をするなどして自己経営会社の体裁を整え、そのための費用として二〇〇〇万円を支払うなどの準備をなし、また、架空の経費を計上して所得額を減ずることとし、本件申告に先立ち右大谷から同人作成のホクト株式会社名義の四〇〇〇万円の架空の領収証を受取り保管していたものであり、更にゴルフ場開発許可の成否に係るためとはいうものの、その後においてその成否の確認を全くしていないものと認められ、これらの事実に照らし、被告人の右弁解は、不合理、不自然であって信用できない。

しかし、当然のこととはいえ、本件発覚後においては、右脱税額に見合う修正申告をなして、これを完納していると窺われること、被告人は犯行を反省していること、七三歳の高齢の上、糖尿病を患い、高齢の妻との二人暮らしの家庭にあって同女も無職、病弱であること等の事情も存するので、その余の諸事情をも総合斟酌して主文掲記のとおり量刑する。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 井野場明子)

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